†さて、8月†

1999.10.8


おかたかより

古い隊員と、新しい隊員の入れ替わりが終わり、ザンジバルに戻りました。
日本からは暑中お見舞いが届いて、今ごろは日本もここの様に熱いのだなぁと思いました。
6月に中断していたダイビングの講習も続きから受けて、やっと取得しました。
他の隊員の話を聞くと、やっていないことが多いような…。


ザンジバルを訪れる人々

 ここはアフリカ、タンザニア。それなのに我が国ザンジバルはよく日本人観光客を見かける。一番多いのが大学生。それも大阪外語大のスワヒリ語学科の人が圧倒的。「今度協力隊でアフリカに派遣されるんです。」なんて人もいた。どうも夏休みを利用してきているらしい。こんなところに住んでいると、日本の季節を忘れ気味である。
 買い物等に出かけ、日本人らしき人とすれ違うときには少しスリル(?)がある。日本人だか、中国人だか分からないのである。日頃タンザニア人に
「CHINA(チナと発音)」と言われるとめっちゃくちゃ腹が立つのだが、(これは間違えられているからではなく、タンザニア人は中国人を馬鹿にしているので、「馬鹿」と言われているのに近いのである。こいつらの方がよっぽど…。)自分達でも見分けがつかない。
 ”おかたか”は目が合って、会釈をした人にだけ声をかけている。

ちょっとトラブル

その1:
 協力隊員は現地での生活費を米ドルでもらっている。受け取り方法は各国いろいろらしいがタンザニア隊員のほとんどは小切手を使っている。途上国故に、日本の銀行の小切手を使える所は少ない。ザンジバルには一応信用の置ける(歴代先輩方が使っている)換金所がある。ところが…。

 用事でダルエスに行っていて、しばらくバスケの練習を休んでいた。久しぶりに練習に出る。バスケのコーチ:「タカショキ、どこ行ってたんだ?」(相変わらず変な呼び方をする。ちなみにアクセントは「ショ」。)おかたか:「ちょっと用事で、首都にな。」「そういやおまえにSUMAから(換金所の名前)伝言があるぞ。」「なんでSUMAの奴がおまえに伝言渡すんだ?」「おまえがバスケットをやっているの知ってたぞ。そんで呼び止められた。」「そっか。」メッセージを受け取る。「なんだかチェック(小切手)の事で重要な用事らしい。」「分かった、あんがと。」夕方SUMAへ行くが、責任者が居ないので翌日に改めて行った。

 翌日。
 
受付:「ミスター、実は小切手を無くしてしまった様だ。」「???」「おまえの分、No.***と、Mr.”K”(もう1人のザンジバル隊員)の分、No.***だ。」”おかたか”事情が良くつかめない。「不渡りを発行して、もう一度小切手を切ってくれ。」「その小切手って、おれたちゃもう金を貰ってるんだろ?」「そうだ。」状況が分かるまでに、英語、スワヒリ語で苦労した。ようやく分かったところで、「そりゃ、おまえらのミスだ。俺の知ったこっちゃ無い。」考えてみたら、こいつらまた自分の要求しかしていない。小切手を勝手に無くして、責任の無い奴に迷惑をかけるのに、一言の詫びも無い。その要求でさえも”Please”が無い。いつもの事だが、やっぱり腹が立って、「おりゃ知らんよ、自分らで処理しな。」

 一応日本の銀行から、何かあると困るので支払を止める手続きをしてくれと言われ、不渡りにした。しかし、今のところSUMAから新しい小切手の請求が来ない。奴ら自分で損をかぶったのかな?後で何が起こるやら…。

その2:
 
お客の多いザンジバル。隊員の家族や、知人もみえる。ある日、本土の隊員の家族がみえるのでホテルの予約を頼まれた。宿泊日の1ヶ月前ぐらいだった。そのホテルへ行き、なんの問題も無く予約したつもりだったが…。

当日。
 午前中ホテルへ行く。
おかたか:「日本人の親子連れ来たか?」受付:「今日はまだ日本人を見てないよ。」「そっか、また後でな。」
 そして午後。「日本人来た?」「まだ。」「あっそ。」ザンジバルに来るのが遅れているのだろうと思っていた。
夕方5時。
「日本人来たろ?」「来たけど、予約が無くって他へ行ったよ。」「ロッ?!!!(スワヒリ語の驚き方。声が裏返るほど甲高く発音する。難しい。)」「ふざけんな!1ヶ月も前に俺が予約したろ?」「でも、帳簿に書いてないぞ。予約金、払ったか?」「受付の奴なんも言わなかったぞ?」「そう言われても、俺が受けたわけじゃないし…。」このあと、「Bahati mbaya(運が悪かったのね)」と言われ、キレそうになったが、それどころではない。”おかたか”を信じてきた日本人が、ホテルを探してさまよっているのである。この観光シーズン、どこもいっぱいではないかと急いで心当たりを周る。5件目でやっと見つかった。レベルもそれほど悪くない。ホット一安心した後、平謝りだった。
 タンザニアの
予約はきちっと証拠を残さねばならぬ。どこでもそうか(笑)。いや参った。

スパイスツアー

 ザンジバルの観光で有名なスパイスツアーに行った。遺跡を見たり、島で取れる果物、スパイスの生えている様子を見るものだ。昼食もついていて、見学したスパイスを使った料理が出る。夕方に海水浴もでき、お得なツアーである。

    

モシ

 キリマンジャロ山の麓にある“モシ”と言うところに警察学校(Chuo cha Polisi。略して”CCP”がある。ここには柔道と、空手の隊員(この隊員は”おかたか”の同期でイギリスで大道芸をした隊員。出国から到着まで(その2))が警察官候補生や、昇格訓練のために各武道を教えている。
 ここまで来るのにザンジバル〜ダルエスで2時間。ダルエス〜モシで9時間かかる。タンザニアで1、2を争うバスを使ってもかなり疲れる。柔道の”S”隊員の家ではバスの疲れでボケっとしていた。夕食はトン汁(イスラムは豚を食べないのでかなり久しぶり)。自家製野菜はめちゃくちゃうまかった。

 翌日。朝食は大根おろしと、ご飯と卵焼き。久しぶりに日本風の朝食だ。うまかった。今日はCCPの表彰式なので授業の見学は出来なかった。表彰式を見る。鼓笛隊まで居るんだな、ここは。軍隊式に諸動作を訓練している割には周りで見ていた生徒達はだらしなかった。終わった後、同期の”T”隊員の生徒達が集まってくる。”T”隊員は生徒達をかわいがっている様だ。

 その後敷地内を案内してもらう。広い!農場もあって、豚、牛、鶏、ダチョウまで飼っている。続いて、モシの町を案内してもらいに行く。セルフサービスのタンザニア料理が置いてあるカフェに行った。値段はちょっと高いが、いい感じの店だ。少し歩いて、なんと手ごろな値段の喫茶店へ行った。ここがタンザニアだと言うことを考えると珍しい店だ。ワッフルアイスに感激。ここで寛いでいると、バックパッカ―のカップルに会う。少し話をして、彼の方がマラリアを心配していたので病院に付き合う。何もなくて一安心。


おかたかより

なんともお客の多い月でした。
外国人観光客は夜でも半袖、短パンでいます。きっとマラリアになるな。
僕達は日本からお客が来ると嬉しいので、
せっかくのタンザニアを楽しく過ごしていただくためマラリアの予防には気を使います。
これからタンザニアへこられる方は、マラリアに対しての知識を持ってください。


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